にんぎょう観察日記

にんぎょうたちの記録、思いノート。
ソウルメイト・清志郎 (上巻)
5月9日。

早朝、特急列車にもぐりこんだ。
特急券を持っていないけど、きょうは車掌も声をかけてこない。
正面の電光掲示の文字が流れるのをただ見つめてた。

大阪・・・晴れ、三重・・・晴れ、名古屋・・・晴れ、

東京・・・・・晴れ。涙でにじんだ。

清志郎の・・・こういうところも大好きだった。
運の強いところが。そして自分でもそれを、知っているところが!
いつかの野外音楽堂で・・・ 天気予報が、台風直撃か、と言ってたけど、
清志郎さんだから大丈夫だろう、と心配もせず出かけて・・・
曇り空の下でさわさわと、始まるのを待ってると、
雲が切れて、客席にさーっと日が差して、拍手がわき起こったってことが
あったっけ。
その後そのことを母に話したら、「聖徳太子や!」って、笑ってたな。
それみろと言わんばかりに、跳ねて歌う、ステージの清志郎・・・。

まだ長い夢でも見ているかんじ。
新幹線に乗る前に、かーきたちゃんに電話して
土浦の芝居を明日、北中さんと観ると伝えた。

悲しくて怖くて、涙をこらえてた。孤独だった。
のんちゃんたちは大阪から始発に乗ってしまったし。
あの夜…意外にも涙も心の動きもないまま、
椅子から立ち上がると、手足がふるえて、心臓の鼓動が早まった。
なんということか、わたしの一挙一動、すべて
清志郎でできていたのだ。
無意識に心で彼に尋ねながら、自信もって行動してたのだ。
それがいま、財布から小銭を拾うのさえおぼつかないという体たらく。
あのとき、腹をくくったはずだったのに。
わたしはわたしでやっていくのだ、と。

黒づくしの格好なんてしてずらっと並んでたら、
キヨシちゃんに笑われるんじゃないかって思って、
お気に入りの花柄・ピンクのブラウスを着てきたし、
きょうは明るく、って思ってたのに。

自由席の、女性の隣に座った。
ここではやることがあった。
清志郎さんに手紙を書くこと。
わたしには到底無理、と思ってた。
ときどき彼に手紙を書き送ることは、わたしの楽しみだったから。
清志郎さんも、手紙を読んだり書いたりすることが、好きだったから。

 郵便受けに手紙が届いているなんて、とても素敵なことだ。
 もしも、一通でも、手紙が入っていたら・・・

清志郎さんはいつも手紙を読んでくれていて、
一度は返事をくれたことだって、あるんだよ。
それでいつもの芝居のチラシを・・・ 何も知らず、
「明日早朝に投函しよう」と思い立った、あの日の未明・・・
だから、出しそこなっていたし、
あるファンの子が、前夜に東京のホテルで手紙を書くと、記していたから
わたしもがんばって書こうと。

苦しくて、書きだそうとしては止まってしまうので、
もぅ、いっそさらっと書いちゃって、だれかスタッフにでも
読んでもらえればと気をとりなおし、短く書いて、
いつものように、明るい黄緑色の封筒に、差出人の名前と住所を
書き終えたところで、その文字がプリズムになった。

本当に、楽しかった日々。
あの京都の酒蔵のライブハウスで・・・
清志郎さんは素顔で、ピュアな天使みたいな、少女みたいな、
包み込むような、やさしいたたずまいで座っていて、
わたしが、これ見に来てくださいと、いつもは投函している手紙を
手渡すと、ちょっとだけびっくりしたように、でもゆっくりと顔を上げて、
「君かあ」と、言った。

分からないほどに思いが一瞬うずまいて、
ペンを持ったまましばらく体が固まった。
動くと、涙がこぼれてしまうから。
しかしぜんぜん動かないのも隣の人に変に思われそうなので、
やっとの思いで手紙を折って封筒に入れてかばんにしまった。

思えばあの時のライブは、
地球を救いにやってきた宇宙人バンドっていう設定の
覆面バンドで… それは清志郎特有のお遊びなんだけど、
「地球へようこそ」なんて、こっちものったりして。
ああ本当に地球から戦争がなくなりますように、
わたしは芸術の力で世界を救える、救いたいと思っていて…
それを伝えられる、清志郎はわたしの仲間だった。

もう我慢もせずに、しばらくすすり泣いてると、
それまで黙って隣に座っていた小柄な女の人が、
「大丈夫ですか」とやさしく声をかけてきた。
どこまで行かれるんですかと。
東京へ・・・歌手のひとのお葬式へ・・・と、
わたしはミーハーぶって照れ笑いして見せた。
お葬式と言ったって、きっとお祭りみたいなものだし、
なんだか不思議と楽しみでもある。

清志郎のことは、テレビか何かで知っている様子の
その人は、よくあるヒマで話しずきのおばちゃんとは違って、
上品で、利発そうな話し方だけど、心が落ち着くような声で。
故郷の会津若松に向かうところ。関東と関西の違いとか、
教育の話題なんかでずいぶん話しが弾んだ。
前の席の人が読んでいるスポーツ新聞の、
清志郎の記事にぼーっと目をやりながら。
その人の息子が幼い時いじめられて、失明寸前までの大けがを
追わされた時にとった、母としての勇気ある行動のこととかも。
その人のお兄さんも喉頭がんにかかって、20年の入院のすえ
亡くなったこととか。
お兄さんはのどは切除してがんを取って、リハビリでなんとか発声までは
できるようになったが、苦しそうだったと・・・
そして、さまざまな所に転移して・・・。
わたしは沈黙した。

そんないろんな話しをする中で、その人は何度も
「きょうはほんとにいいお天気ね」と、窓の外に目をやった。
「ほんとに、ずっと向こうまで晴れてるんじゃない?」
「よほど、明るいことが好きなかただったのね」と。
「晴れ男だっ… なので。」と、わたしはこたえた。

大勢の人が来るだろうし、青山祭儀場ならば、駅から人の流れに沿って
行けばいいと、その人は教えてくれた。

地下鉄に乗る前から、それらしき人たちがちらほら居て、
またたくまに乃木坂の駅前の歩道橋に集まって、長い長い列になった。
この先に、清志郎は立ってないんだろうか。ほんとに現れないんだろうか。

先頭近くに居るであろうのんちゃんたちを探しに前まで歩いた。
泣いている人もいる。とても若い女の子もいる。
途中、ファンの中でいつも目立ってたバンダナくんが
取材を受けてるのを見た。
わたしに気が付いて手を振って、
涙目のまま、うん、とうなずいてくれた。
いつか、あなたを傷つけることを、言ってしまったこともあったよね。
元気になってほしい。

のんちゃんたちには会えず、折り返して、
最後尾は、もどかしいくらいに遠く遠く。
強い日差しの中、何時間も待った。
ほんとに快晴だ。見上げるとヘリが何機か飛び交っている。
プロペラの音の下、列がときどき少しだけ進む。
なぜ、ここに居るんだっけ。ふと気が付くと
黒い服を着て、浮かない顔をした人たちの列。
こんな景色を、見る日が来るなんて。いやだ。

後ろに並んでる若い子が、何かを食べた後なのか、
「ゴミ箱、会場にあるかなー。今、行ってこようかなー」
とかなんとか言っている。
アンタ。お参りに行ってゴミ置いて帰る気かい!
いったいどういう神経…
しかしまあ… そう言う自分だって、これまで無神経なふるまいを
どこかで何度もしてきたかもしれない。
一緒に暮らしてたばあちゃんが死んだときだって、
ピンとこなくて、葬式で浮いてたしなあ。
アスファルトの照り返しが暑い。

もう足が棒のようで、いつもならだらしなく
その辺にしゃがみこんだろうけど、我慢した。
足なんかより、死ぬほどの苦しみって、
いったいどんなものなんだろう・・・

取材の人たちが何度も列の横を通った。
なんだかミドルで雰囲気のあるNHKの記者も。カメラマンは目を赤くしてた。
ここは何という通りなんだろう。
LSDと書いたジャージを着た自転車が走る。
きょうは楽しいお祭りになるはずなんだ。
清志郎も来て、歌えばいいのに。

関係者の弔問の前後に、コンサートがあるらしかったけど、
ずいぶん遠くまで離れてしまったので、聞こえなかった。

参列を終えて折り返して来ているらしい人が何人かいて、
目を赤くしている。
本当に、清志郎はもういないんだろうか?
コピーライターのあの人も、横を通った。
清志郎さんと歌も作ってたあの人。1人で、手ぶらで、
まるでどこかに頭を激しく打ち付けて途方にくれているような顔で
うつむいたまま、とぼとぼ、歩いていった。
後ろ姿は、もはやよろめくようだった。
あのこわばった表情は、
その頃の彼のホームページの手記とぴったり一致するのだった。

一般の弔問の列が予定より遅れて動き出したようで、
徐々に、会場の近くまで戻りつつあった。
献花を終えた人たちがいよいよ折り返してきていた。
みんな一様に、目が赤い。
わたしは、願わずにいられなかった。
みんなみんな笑顔になりますように!
いつか、晴れやかな顔で・・・。
最後の角を曲がった。もう心臓がドキドキするほどだった。

垣根のとぎれているところにさしかかると、
不意に、会場に流れる清志郎の声が風に乗って聞こえてきた。
いつのときも、「あ、清志郎の声だ」とわかる
なつかしいような声。

 港の・・・見える 店・・・

よく聴いた歌。
あの港の… 小屋に泊まりながら… 
劇場を作って、夢のようにあとかたもなくして去ったひとたち…
それに携わってた苦楽の時も、頭にずっと流れてたっけ。

不意にこみあげて、列の中で打ち震えながら泣いているわたし。
こうなると、1人で来てよかったと思う。
やたらと前後の人に話しかけたりしなくてよかったと思う。

そして着いてしまった。会場の門に。
やっと、やっと… 
本当に開催されていることが、悲しくもあって。

その名は「忌野清志郎 青山ロックンロールショー」。
巨大な一旗うさぎが青空に揺れている。
あのイラストも、描いてくれてたよなあ・・・

建物の前に入る前に広い駐車場スペースがあって、
蛇行する列がゆっくり進んでいる。
流れているレコード、これは野外音楽堂の「GLAD ALL OVER」だ。
みんな泣いたり、泣きやんだりしながらゆっくり歩いていた。
顔をわやくちゃにさせながらも、上を向いていた。
空を探した。木が揺れて葉がさわさわ鳴って、木漏れ日が差していた。

退屈な日常を一変させる曲の力。
いつかけても、体が勝手に動いて、合わせて大声で歌わずにいられなくて、
とたんに元気になった。
悲しくて孤独で、心が暗い海の底の底まで沈んでしまった時も…
魂の核ににぴったりと沿うようなあの声で…
やさしく… せつなく… やさしく…
ときには、かなしいくらいに可笑しく…

清志郎だけがわたしの気持ちをわかるのだ。
そしてわたしだけが、清志郎の歌をわかるのだ。
そんなふうに思わせる、音の世界。

列が、カラフルなライトにふちどられた大きな看板の前まで来た。
「忌野清志郎 葬儀式」。
自分の名前をいつもの自分の字で忌野清志郎と。
「忌野清志郎 葬儀式」…
いつかこんな日が来るのだ。
いつか。
男っぽくハードに、そうつきつけられているかんじがした。
同時に、やわらかいユーモアにくるんで、ポンと提示する。
いつでもはっとさせられた。

きょうが「その日」なのか? まだよくわからない。

新曲との紹介があり、清志郎の歌声が流れた。
これはラジオのことを歌った歌だ。
レコーディングには参加できなかったが、
今年本人が演奏と歌入れをしたデモテープがあったというものだ。
それを密葬のときフラワーシャワーのなかで流したとか、
スポーツ新聞に書かれてた。
でも、テレビやラジオを恐ろしくてつけていなかったから、
知らなかったんだ、こんなにのびやかな声で
歌っていたんだということを。
彼はその歌をそよ風に乗せ、
ゆっくりと蛇行しながら歩くわたしたちの背中に、胸に、
ぼくたちは空でつながっていて、こころは一つだと、言った。

「心の中に生きている」なんて、
センチメンタリズムのようだとそれまでは思ってた。
しかし、死んで生きる、死んでなお生き続けるということが
実際ありうるんだと、このときに感じた。
本人は、最後と思ってはいなかっただろう。
でもやっぱり天才はやることが違う。
やっぱこの人、スゴイわ。って。

だれが言ったか知らないけど、

明日死ぬと思って生きなさい、
永遠に生きるように生きなさい、

だっけ?
清志郎はそれを体現しちゃったひとなのかもねえ。
いつ聴いても、これが最後のような歌い方だったし。
それでいて悲壮感がない。
見よや、こないだのあの笑顔。放出され続けるエネルギー。

新曲は、せつなくなるほどのきれいな旋律。
それこそ彼の真骨頂。彼はメロディーメーカーで、
言葉をうまく乗せるから、詩が胸に届く。

いよいよ建物の中へ。またふるえがやってくる。
中に入ったところに、歌手とか雑誌社とか、
よく見てないけどいろんな名前が掲げられていて…
まるでお葬式のようだ。本当に本当なんだろうか。

泣きながら進むと、暗がりの人垣の奥にカラフルな祭壇が見え、
紅白の垂れ幕がかかっている。
してやったり… スタッフあっぱれ。
柔和にほほえむ清志郎さんの写真はピンクの縁取り。

祭壇の前でも列は蛇行している。
悲しみながらも携帯電話で撮影しているひとがたくさんいる。
わたしはそういう機能さえ付いていない電話をかばんにしまった。
こういうものは嫌いだしじゃまだ。

前のほうのひとたちは泣いている。
コンサート会場のように、前のほう、祭壇だけが明るい。
大音量が胸に来るなか、もう現実なのか何なのかもわからない。
わからないのに泣いている。
でも気が付けば、そこはステージの上。
もう逃げられない。
「役立たずの神様」をよそに!
最前列にたどり着いた。
受け取った花は赤いバラ。わたしはそれにそっと口づけた。
中央に立った。
紙吹雪がたくさん落ちていて、いつものようにドラムがあって、
人形が立っていて。いつものように呼び声が、
「きよしろうー…」と、どこまでもくり返している。
中央には位牌が立っていて、
「忌野清志郎之霊」と・・・
そのひと、忌野清志郎。
大きなろうそくに、色とりどりの花やライト。
なんだか、つくりごとのようだ。
もしも、清志郎が死んだら?
もしも、忌野清志郎という男が死んだならば・・・?
そう、みんなとても悲しくて泣いている。

嗚咽だけが止まらない。
自分の泣き声のなかで献花をし、手を合わせながら、
ここ連日の寝不足から来るのではない疲労を感じていた。
思わず、わたしも早くそちらへ行きたい、とつぶやいた。
でもすぐに打ち消した。
清志郎が最も嫌うネガティブな思考を。

オレンジ号も飾られている。
夢を、いっぱいいっぱい乗せていた、
あの交差点を駆けてきた自転車が。

出口の方向に数歩動いて、再度手を合わせるも、
何も言えなかった。耐え難い悲しみだ。
祭壇の中央をもう一度見上げると、位牌の後ろに遺骨が置かれていた。
わたしはくしゃくしゃな顔のまま足早に立ち去った。

外に出ると、テントが張られていて、
だれかを待っているともなしに待っているような、
ぼう然としたような顔のひとたちが、立ったり座ったりしていた。
のんちゃん、のんちゃん…
だれかに助けてほしいくらいの悲しさだ。
わたしを呼ぶ声が聞こえた。
サトちゃんと一緒に悲しみに疲れきってへたりこんでいたのんちゃんだ。
「待ってたよ〜… 倒れてるんじゃないかって」
「ごめんね、ごめんね。」
わたしはその隣にしゃがみこんで、
声をあげてしゃくりあげながら泣いた。
わたしはただの無防備な、5つの子供だった。



ソウル・メイト 清志郎(下巻)へ




| azchan | きょうの音楽 | 21:52 | comments(1) | trackbacks(0) |
すばらしいです。
そして同じく清志郎さんを愛した者としてうれしいです。

多くを語ることを遠慮させていただきますが、
ネット上でこんなに「ええ文章」を読めるとは思いませんでした。

お互いにこれからも清志郎さんの言ってた大事なことをずっと忘れないで生きていきましょう。

俺のブログでもちょっと清志郎さんについて書いてますのでよければ見てください。
http://ameblo.jp/onbasarataka/entry-10253645416.html

| たか | 2009/07/10 9:29 AM |









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